クソログ

クソログ

女ってほんとクソだな

自分から「メールしましょ」とか「今度一緒にご飯食べにいきましょう」とかこっちの連絡先聞いといて、連絡したら無視だよ。

うんともすんとも言いやがらねえの。しかも何一つ相手を不快にさせるようなワードがあるわけでもないのに。


俺は人を無視できる奴の神経が本当に分からない。
だってそうだろ。
嫌いなら嫌いって言えよ。
それすらも面倒くさいんだろうけどよ。

ともかく「さよなら」が言えない奴は最低だ。

なんでそのたった一言が言えねえんだよ。

そうやっててめえがだんまり決め込んでいる間、どれだけこっちが消耗していると思ってんだ。
嫌いなら嫌いって言ってくれた方がこっちもスッキリするし、こっちとしても「ああそうですか、そんなら金輪際なんの連絡もしないですわ、さよなら」で終わりなんだよ。

人をなんだと思ってやがんだ。俺だってなあ、人形でもロボットでもなく感情を持った一人の人間なんだよ。

てめえがそうやって無視決め込んでいるあいだにも、俺の感情はこの地球上に確かに存在しているわけよ。
だから無視されると、傷つくし、悲しいし、怒りが噴き出すんだよ。生きてるんだよ。


本当クソすぎる。女に圧倒的にこういう奴が多い。
何考えてんだ。まるでわからねえ。

しかも自分のことは棚に上げて自分が与えてもらうことばっか考えてやがる。
こういうやつも圧倒的に女に多い。



人間じゃねえわ。
人の面被ったクソだわ。


まあ、こういうこと言うと決まって、全ての女がうんたらかんたら、男にだってクソみたいな奴いるじゃんうんたらかんたら、とか喚きだす奴が出てくるわけだが、俺がクソって言ったらクソなんだよ。

まあ、そんなクソに年がら年中振り回されている男も大概クソだけどな。
女がクソでも男はクソしか愛せねえんだから皮肉なこった。

総論としては人間がクソってこった。

読書で本から学ぶブログが絶対チョイスしない本5冊

本棚はその持ち主の人格をあらわすと言われる。
本を買うということは、その事柄について興味や関心を持っているということだから、本棚をみればその人の興味や関心のおおよそがわかるということだ。

同様にブログで紹介される本からもその人の関心事や知性などのおおよそをはかることができる。

逆に言えば、その人が絶対に読まないであろう本も大体わかる。

いつも感心させられるのですが、このブログは本当に読書の習慣があるのかよっていう疑問が湧くくらい語彙と表現力が乏しい。

「~かもしれません」「~思います」「~思いました」

こんなのばっか。小学生の夏休みの絵日記かよ。

つまり、だ。クソみたいな本をいくら読んでもクソみたいなことしか書けないってこと。
クソみたいなことしか書けないってことはクソみたいなことしか考えられないってことだ。
クソみたいなことしか考えられないってことは、クソみたいな情報しか頭に入れてないってことだ。
クソみたいな情報しか頭に入れてないってことは、クソみたいなことしか考えられずクソみたいなことしか書けないってことでスパイラルインフィニティうんこなんだよ。

だったら、クソみたいな本読んでる暇があったら本なんか読まずクソはクソらしくクソでもしてた方がましだ。

人生は短いのだ。クソみたいな本を読んでいては人生を浪費してしまう。

そこで 読書で本から学ぶブログ【書評・感想】の人が絶対読まないであろう本を、読書で本から学ぶブログ【書評・感想】の人が生涯手に取らないであろう本を、読書で本から学ぶブログ【書評・感想】が未来永劫紹介しないであろう本を紹介したいと思う。




自由からの逃走 新版

自由からの逃走 新版

なぜドイツ人がヒトラーの独裁を受け入れ、それに服従したのかという問題意識から出発したフロムは、それが人間における自由の問題と密接に関係があることを発見しました。人間は自由になったととたん、孤独と不安を感じ、外部の権威などに依存して精神の安定を求めようとします。それがナチズムやファシズムの温床であり、中世以降の近代人の抱える最大の問題であると彼は考えました。


君主論 (岩波文庫)

君主論 (岩波文庫)

イタリアの政治思想家のマキアヴェッリは29歳の若さで、フィレンツェ共和国の書記官に任命され、外交官として活躍しましたが、メディチ家によって共和国が倒されると官職から追放され、隠棲先でそれまでの体験や研究などをもとに書いたのが君主論です。君主国の種類やあり方、君主の要件などが論じられていますが、特に興味深いのは、君主には時には冷酷になり信義を守らないことも必要であるといったことが述べられている部分です。これらの権謀術数を旨とする思想は、後にマキアヴェッリズムと呼ばれることになります。


夜と霧 新版

夜と霧 新版

オーストリアの精神医学者で実存分析の創始者、ヴィクトール・エミール・フランクルは1942年、ユダヤ人であるという理由でナチス・ドイツに逮捕され、結婚して間もない妻とともに強制収容所へ送られ、45年に解放されるまで、アウシュヴィッツなど4つの強制収容書を体験しました。その記録が「夜と霧」です。
第二次世界大戦中、ユダヤ人絶滅計画によって、強制収容所で約6百万人のユダヤ人が命を奪われ、アウシュヴィッツでは約二百万人がガス室で殺されたと推定されています。フランクルの妻も、弟も、両親も強制収容所で死亡しました。


方法序説 (岩波文庫)

方法序説 (岩波文庫)

「私は考える、ゆえに私は存在する」という言葉で有名なフランスの哲学者、ルネ・デカルトがもっとも力を注いでいたのは、自然科学全体を論じた「世界論」でしたが、生前には公刊されることはありませんでした。この著作は、当時タブーとされていた地動説を主張していて、これを公表するのは命がけだったからです。そこで彼は全ての人が真理を受け入れることができるようにするにはどうすればよいかと考え、その成果をまとめたのが「方法序説」です。正確なタイトルは「理性を正しく導き、学問において心理を探求するための方法の話」です。自伝的回想録というかたちで、誰にもわかるように書かれた哲学書です。


沈黙の春 (新潮文庫)

沈黙の春 (新潮文庫)

アメリカの海洋生物学者、レイチェル・カーソンは大学で文学を学びましたが、生物学に関心を持つようになり、ジョン・ホプキンズ大学大学院で動物発生学と海洋生物学を研究しました。「沈黙の春」は、農薬や殺虫剤などの化学物質によっていかに自然環境が破壊され、動物や人間にはかり知れない害毒がもたらされるかを、豊富な実例と科学的背景をもとに明らかにし、世界各国で公害問題やエコロジー運動に大きな影響を与えました。




まあ、他にもいろいろ紹介したい本はあるのですが、今日はこのくらいにしておく。

てめえはこれでも読んで読書で本から学んどけ。

はらぺこあおむし エリック=カール作

はらぺこあおむし エリック=カール作

労働は尊い?

「働くことは尊い」、「働かざる者食うべからず」って言うけど、じゃあブドウ糖作ってるの誰ですか?

渡邉美樹さんブドウ糖作ってます?

渡邊美樹さんに関わらず、資産7兆円のビル・ゲイツだって、大富豪ウォーレン・バフェットだってブドウ糖は作れない。
どれだけ金を持ってたって人間にブドウ糖は作れない。

そういうのを負のエントロピーって言うんですけど、負のエントロピーを作れる人なんていないんですよ。我々人間がやっているのは「仕事」じゃなくて「再分配」なんです。

わかりにくいのでもっと具体的に言うと、人間はエネルギーを取り出して利用しているけど、誰一人としてエネルギーそのものを生み出してはいません。だから、私たちが労働だと思っている全ての事柄は、エネルギーの奪い合いと再配分に過ぎないってことです。

金の多寡ってのは、どれだけそのエネルギーを奪う権利があるかを争ってるに過ぎない。

働かざる者食うべからずなんて考えがいかに傲慢かよくわかるだろう。

なぜ人を嫌いになったのか

なぜ人が嫌いになったのか。
それは人が卑しいからではない。人が汚いからではない。人が不誠実だからではない。人が醜いからではない。人がくだらないからではない。人が不道徳だからではない。人が利己主義だからでもない。


なぜ人を嫌いになったのか。それは、たえず人が喜んでいるときに喜ぶように、人が悲しんでいるときに悲しむように、すなわち共感するように、いわゆる「よいこと」を絶対の自信をもって、無言の圧力でもって強要するからだ。

そう、例えばこの動画だ。

MOM'S 1ST BIRTHDAY ママも1歳、おめでとう。 | パンパース公式 - YouTube



この動画に感動しない人間は人間ではない。この動画に共感しない人間は人間ではない。
この動画を微笑ましいと思えない人間は人間ではない。

この動画に素直に感動できる人間は人間である。この動画に素直に共感できる人間は人間である。
この動画を微笑ましいと思える人間は人間である。

彼らはそう信じ切っている。疑いの余地すらないと思っている。そして共感することを強要するのだ。絶対の自信を持って。

共感しない人間は彼らにとって人間ではないのだ。


これはほんの1つの例。世の中にはこういったものがありとあらゆる場面で蠢いている。



だから。


だから僕は人が嫌いになった。

冗談が通じない理由

あなたのまわりに冗談が通じない人、冗談を真面目に受け止めてしまう人はいませんか。
あまりにまっすぐな反応が返ってくると、冗談など言わなければよかったと後悔することもあるでしょう。
冗談とはいわばユーモアのある嘘です。基本的にその場を楽しい雰囲気にしてくれるものですが誰にでも通用するとは限りません。特に容易く人を信じるタイプは冗談を真に受けてしまうこともあります。
ある調査では、嘘を信じやすい人と想像力が豊かな人には、強い相関関係があることがわかったそうです。想像力の高さゆえ、様々な話をリアルに思い描き、現実であるかのように思うのです。人はリアルに想像すればするほど、それを現実のものとして考えてしまう傾向があります。

嘘を信じやすいということは騙されやすい傾向もあるということです。騙されないためには何かを決めるときには時間をかけること、多くの人の意見を聞くことが大切です。

また、人に興味がないタイプにも冗談が通じないことがあります。コミュニケーションを単なる情報のやり取りととらえ、柔軟なコミュニケーションが苦手な人です。
このほか、冗談を共有するための知識や経験が無い場合や、相手は冗談など言わないタイプという思い込みがある場合なども、冗談が通じないケースとして考えられます。

労働組合は簡単につくれる

肩たたきなどをされて退職に追い込まれたとき、会社に対抗する非常に有力な手段があります。
それは労働組合をつくるという方法です。

労働組合というとなんだか非常に大げさな感じがしますが、労働組合というのは本来はサラリーマンにとって当たり前の権利なのです。現在のサラリーマンは、すっかり組合から遠ざかってしまい、忘れられかけていますが、実は労働組合には法的に強大な権利が与えられています。

労働組合があるのとないのとでは、社員の待遇や会社との力関係はまったく違ってきます。
労働組合をつくった時点で会社は労働組合法に基づいた対応をしなくてはならなくなります。会社に対して文句があっても、一人で何人もの会社の幹部に交渉すれば、それがどんなに妥当な要求であってもなかなか通りにくいものです。そういうとき労働組合であれば合法的に複数の人数で会社と交渉することができます。
具体的に言うならば、組合が会社に対して交渉を求めた場合、会社は正当な理由なくこれを拒むことはできません。また、その交渉に対して会社が不誠実な対応をしても労働組合法に違反することになります。
もし労働組合を使わずに複数の人数で会社と交渉しようとすれば、刑法上の強要罪などにも問われることになるので組合があるのとないのとでは大きな違いがあります。
また、労働組合があれば合法的にストライキすることもできます。会社に不満があり、会社を無断で休んだり大事な仕事をすっぽかしたり、サボったりすれば、それ自体で解雇の対象となってしまいます。下手をすれば営業妨害などの刑事罰に問われることにもなりますし、会社に損害を与えたとして民事上の損害賠償の対象になることもあります。

しかし、組合を使って正式なストライキを行えばそれは正当な権利の行使ということになります。正式なストライキに対しては、解雇はおろか減給さえ会社はすることができないのです。
さらに労働組合があれば公的な労働機関のサービスを受けやすくなります。
会社と従業員が争いになったとき、仲介してくれる公的制度がいくつもあります。
例えば不当労働行為救済制度など、労働組合に入っているならば公的機関の支援が受けやすくなるのです。

労働組合となると公的機関も具体的な対応をします。会社に対して指導や勧告を行ったりします。
もちろんそれには費用はかかりません。つまり裁判をなどを起こす前に無料で公的機関の裁判や助言を受けることができるのです。

労働組合をつくるには相当な労力がいるんじゃないかと思う人もいるでしょう。
しかし、労働組合をつくるのは実は驚くほど簡単です。

労働組合はあらゆる労働者が簡単につくれるようにわずらわしい手続きや規約は設けられていませんし、会社側の承認を受ける必要もありません。
労組法では、労働組合としての条件を定めていますが、それを要約すると以下のようになります。

・労働者が主体となって組織されていること
・労働条件や労働者の経済的地位の向上が目的であること
・複数の組合員がいること
・役員や規約など、組織としての形態があること

わずかこれだけの要件を満たしていれば労働組合として認められるのです。つまり極端な話あなたの他に誰かあと1人の参加者がいれば、その時点で労働組合はできたということになります。

バーゲンの買い物は結局損をする

人はどうしても目先の得に流される生き物です。世の中には、そんな人の習性を利用したビジネスが多くあります。
日常生活の中でも、いちいちそうしたものにひっかかっていたら、取るものだけ取られてどんどん貧乏になっていくはめになります。
わかりやすい例でいうとバーゲンでの買い物があります。

もちろんバーゲンで本当に欲しいものを安く買うという合理的な買い物ができていれば問題はないのですが、ほとんどの人はそうした買い方ができません。サイズの合わない物を無理して買ってしまったり、それほど気に入っていないものを、せっかく来たからと、なんとなく買ってしまったりといったことになるのです。
本来なら一生買わずにすんだものを、バーゲン会場に行ったばかりに買ってしまうのです。サイズの合わないものは、はきにくいのですぐにはかなくなりますし、デザインの気に入らないものを無理に買っても、だんだん使わなくなって結局は無駄になります。
なぜそんなものを買ってしまうかというと、手ぶらで帰ると、バーゲンに行った時間や手間が全部無駄になると思ってしまうからです。しかし何かしら買って帰れば、自分に対して言い訳がたちます。
それで、多少気に入らないものでも買ってしまいます。

バーゲンで買ったものの元が取れることは、実はあまりありません。福袋なども人気がありますが、額面では一見、得をしていても得をしたと思うのはそのときだけで長い目で見ると損をしています。

そんなことはわかっていても、バーゲンに行ったらつい買ってしまう人も多いでしょうから、お金を無駄にしないためには、そもそもバーゲンには一切行かないと決めてしまうのもいいかもしれません。

仕事に対するスタンス

仕事に対するスタンスのようなものを表明してみたいと思います。そんな大げさなものでもありません。

仕事に対していろんな考えを持っている人がいます。
例えば、「好きな仕事をするべき」とか「やりがいのある仕事をしたい」とか「仕事は楽しくやるべき」とか「仕事は辛いもの」とか「仕事には我慢が必要」とか、まあ、さまざまではないでしょうか。


でも僕は自分がやっている仕事が「好き」どうかなんてどうでもいいことだと思っています。
もちろんその仕事が「好き」だったり「楽しい」ものであることにこしたことはありません。
でもそれはあくまでただの副産物です。

なぜ仕事をしてお金を稼ぐことに苦痛を感じる人がいるのでしょうか。
答えは簡単です。それはお金を払う側の人間にとって、仕事をする人(お金をもらう人)がその仕事が好きかどうかや楽しんでいるかどうか、充実しているかどうかなんてなんの関係もないからです。
その仕事の好き嫌いに関わらず、給料に見合った価値や労働力を提供しなければならない、だから仕事は辛いのです。それが上手くはまった人は天職となるのでしょう。


どうしても好きなことがやりたければ、お金を払ってやればいいんです。

あなたがその仕事が好きかどうかなんて、お金を払う側の人にとってはどうでもいいことです。
あなたに求められているのは、払われたお金の分、価値を提供することだけです。

そんなわけで仕事は僕にとって「好き」とか「嫌い」とか「楽しい」とか「楽しくない」を超えたところにあります。


「楽しい仕事がしたい」「好きなしごとがしたい」「やりたい仕事がしたい」・・・そういったことを主張している内は「お客さん」です。自分が与えてもらうことばかり考えているからです。
仕事をする人間とは対極の考え方です。
仕事とは大雑把に言ってしまえば「与えることでお金を貰う」行為です。

給料が支払われるなら、その給料に見合った労働力を提供する。その給料に見合った価値を提供する。
それが働いてお金を貰う人間のスタンスだと僕は思っています。






これは全く関係の無い話ですが、人間嫌いの人が職場で上手くやっていく一番の方法は誰よりも仕事ができるようになることです。
はっきり言います。あくまで僕の経験上ですが仕事ができない人間が職場で好かれることはほとんどありません。どんなに人格者で誠実な人間であっても仕事ができない人が職場で好かれることはまずありません。一方で多少、人間性や素行に問題があったとしても仕事が抜群にできる人間はそこまで嫌われることはありません。少なくとも仕事ができない人よりも嫌われることはないでしょう。
もちろんそうあるべきじゃないのかもしれませんが、それが現実です。

もしあなたが人間嫌いであれば、あなたが職場でうまくやっていく一番の近道は「良い人間になる」ことではありません。「仕事ができるようになる」ことです。それもなるべく誰よりも。

優柔不断を断ち切る方法

ささいな選択から大事な決断まで、何かを決めなければならない場面は人生に何度も訪れます。大切な決断であればあるほど、迷ってしまうことも多いものです。
イスラエルの心理学者、メラマードは、判断までに時間がかかる人ほど性格的に不安を抱きやすいという調査結果を発表しています。後悔を怖れるあまり、優柔不断になってしまうのでしょう。

また医師、シュピッツバートは大事なのは決断の結果ではなく、決断すること自体だと述べています。
迷うということは、どの選択肢にもほぼ同じ価値があると判断している証拠です。時間をかけて悩むより、さっさと決めた方が健全なのだそうです。
早く決断すればするほど、行動するための時間が生まれます。
物事を決められなくて困ったときは、次の考え方をヒントにしてみてはどうでしょうか。

期限を決める

いつまでも迷っているのは、時間の無駄になってしまいます。「○○までに決める」と期限を作ってしまいましょう。そして、決めたらすぐに実行することが大切です。

ランダムなものに結果をゆだねてみる

例えばサイコロを振ったり、コインを投げてみたり、時計の秒針を見たりして、「偶数(あるいは表)ならA、奇数(裏)ならB」などとランダムで決めてしまうのも1つの方法です。もしも「結果はAだったけれど、Bのほうがいい」と思ったならば、そのときは迷わずBを選べばよいのです。選択を先延ばしにしても結局は決めなければならないときが訪れます。人生は短いものです。迷ったらサイコロを振って前に進みましょう。

後悔を怖れない

心理学者、アベンドロスらによる調査によると、人は「やった」ことよりも「やらなかった」ことに対する後悔のほうが強く感じることがわかっています。何かを「やる」か「やらない」かで迷っているなら、「やる」ほうが後々の後悔は少ないかもしれません。


決断が早く、行動力のある人ほど周囲に相談しない傾向があります。相談するのは迷っている証拠です。「○○しようと思うんだけど、どう思う?」という相談には「止めてほしい」「やりたくない」という気持ちが隠れていることもあります。

幸福感を高める幸せの法則

人間の幸福感についてさまざまな心理学者が研究しています。
興味深いものをいくつか紹介したいと思います。

お金だけにとらわれない

心理学者、マイヤーズはお金持ちのうちの37%は、一般人よりも幸福感が低いことをつきとめました。非常に貧しい人の場合は、お金によって幸福感が増しますが、ある程度の裕福さを手に入れると、お金と幸福感の関係が薄くなることがわかっています。


人のためにお金を使う

心理学者、ダンらが行った調査によると、収入の多くを自分のために使う人よりも、自分のため以外に使う人のほうが、幸福感が大きいことがわかりました。これはお金に限った話ではなく、人に親切な行為をすることで幸福感が増すことも指摘されています。
また、神経経済学者、ハーボーは貧しい人にお金を寄付するとき、脳のある部分が活発に働くことをつきとめました。その部分は、人から褒められたり、おいしいものを食べたりしたときなど、基本的な欲望が満たされたときに活発に働く部位でした。人のためにお金を使うことは、脳にとって直接的な刺激となるようです


高望みをしない

アメリカの心理学者、ディーナーらは、ヒトの幸福感を下記のような式であらわしました。

幸福感=持っているもの÷望んでいるもの

幸せは、自分が持っているものだけで決まるのではなく、望んでいるものの大きさも重要だとする説です。つまり、高望みをする人はなかなか幸せを感じられず、楽観的に現実を受け入れられる人は幸福を感じやすいということです。もしも自分は幸せではないと感じるとしたら、それは求めるものが大きいことの裏返しです。理想が高いことは悪いことではありませんが、たまには自分の小さな幸せにも目を向けるなど、物事を違った見方でとらえてみることも大切です。

金持ちになるのは簡単

日本のように豊かな国で金持ちになることは実はそれほど難しいことじゃない。

簡単だ。

例えば年収300万円といえば日本では決して高いとはいえない所得だが、この年収は地球上の全人口の上位10%の位置に値する。



世の中不平等だ。だけれどどれだけ不平等を嘆いても無意味だ。
なぜなら日本に生まれ日本人として生を受けたこと自体が既得権益だからだ。

これらの豊かさを享受するためにその他の国の人間に比べ何か特別努力したわけでもない。ほとんどの日本人がそうだろう。
ただたんに運が良かっただけのことだ。
ただたんに生まれた場所とタイミングが良かっただけのことだ。

いわば配牌の時点で既にあがっているようなもの。
カードが配られた時点でロイヤルストレートフラッシュ。
そんな恵まれた人間がいくら不平等を嘆いてたってなんの説得力もない。時間の無駄だ。
世界は自分を中心に回っているわけではないのだ。

では大多数の日本人が「お金が貯まらない」「豊かになれない」と感じているのはなぜだろうか。

ひとつはメディアがつくる「幸せな家族の基準」が高くなりすぎているからだろう。

日本は収入も多いが、人並みに暮らそうと思うととてもコストがかかる国だ。
したがって、収入が増やせないなら「何を諦めるか」を考えるべきだ。

一番効率がいいのは、節約してできるだけ早い段階でまとまったお金をつくり、それを運用で増やす方法だ。
5%複利で運用すると15年で元金が2倍になると考えると、30代、40代で3000万円くらい資産を持っていれば、15年後には6000万円になる。
複利の力はかくも絶大だ。
同じ時点から1万円ずつ貯金をスタートする人とでは、15年後の差はとてつもなく大きなものになる。

悪口を言いたくなるのはなぜか

社会で生活していると、どこかで悪口は起こります。
人と人が関わっている限り、たまには腹の立つこともあるでしょう。
悪口には、仲間意識を生み、集団を団結させる力もあります。共通の敵がいることのとで、相手との距離が縮まるケースは多くあります。
しかし、過剰に悪口を言いたくなるとしたら、それはあなた自身にストレスやフラストレーションがたまっていて、うまく解消できていない証拠かもしれません。
ストレスやフラストレーションの解消方法はさまざまです。趣味に没頭する、好きなものを食べるなどもありますが、「悪口を言う」といった他人を攻撃する方法をとってしまうこともあるでしょう。
元来人間には、戦って優位に立ちたいという本能があります。人は誰かを攻撃することで快感を覚える生き物です。普段はそれを理性でおさえつけていますが、「相手が悪い」という理由があれば堂々と悪口を言って快感を味わうことができます。
また、相手への妬みから悪口を言ってしまうこともあります。著名人のスキャンダルなどが報道されると人々は嬉々として悪口を言います。これはまさに妬みの裏返しです。
相手を攻撃することで、相対的に自分は優れていると感じられるのです。
逆に言うと、もしも誰かに悪口を言われたとしても、それは相手に快感を与えただけのこと。落ち込む必要はないのです。

心を静める方法

不安になると胸がドキドキしてきますが、その反対に胸がドキドキすることで不安は大きくなります。
気持ちの変化が体に影響を与えるだけでなく、体の変化によって気持ちも影響されるのです。

「吊り橋効果」というのを聞いたことがあるでしょうか。
不安定な吊り橋を異性と2人でこわごわと渡ると胸がドキドキしてきます。その後で質問すると、一緒に渡った相手に好意を持つ割合が増えたのです。
胸がドキドキした理由を吊り橋が原因ではなく、異性と一緒にいたからだと、脳が勘違いしたからです。
もしも吊り橋を渡らなければ胸がドキドキすることはなく、そうすれば不安になることもなく、したがって相手に好意をもつこともなかったはずです。
つまり不安を抑えるには、胸のドキドキを抑えられればいいことになります。
ドキドキを抑えるのには、2つの簡単な方法があります。

一つは冷たい水をのむこと。もう一つはゆっくりと息を吐くことです。
この2つの方法によってドキドキがおさまるのは、副交感神経の働きが活発になって、脈が遅くなるからです。スピーチの前や、緊張する人に会う前には、冷たい水を飲んで呼吸を整えるといいでしょう。

呼吸は、体性神経と自律神経という2つの系統によってコントロールされています。
眠っている間も呼吸が止まらないのは、普段は呼吸が自律神経によって無意識に制御されているからです。一方、呼吸は意識して息を止めたり、早めたりすることもできます。こちらは体性神経の働きです。

この2つの神経系は通常は独立して呼吸筋に働きますが、一部は連携することでお互いに影響しあっています。
この連携を利用したのが呼吸法です。呼吸を意識的に変えることによって、自律神経系をコントロールする方法です。
自律神経は交感神経と副交感神経で構成されており、交感神経が活発になると胸がドキドキします。そこでゆっくり息を吐いて呼吸を整えると、副交感神経が活発になり、ドキドキを抑え、心身リラックスさせることができるというわけです。

冷たい水を飲むことも、ゆっくり息を吐くことも発作性上室性頻拍を静めるのにも利用される医学的な方法です。

抽象的に考えることの大切さ

「抽象的」という言葉は「あいまいでわかりにくい」という意味を含んでいて、どちらかというとネガティブな印象があります。しかし抽象的に考えることは実はとても大事な能力です。

抽象とは簡単に言うと、物事のある性質を引き抜いて把握することです。抽象の「抽」は「抜く・引く」という意味で「象」は「様子・ありさま」のことです。

例えば「ヒト」と「キリン」の共通点は何でしょうか。
「ヒト」と「カエル」の共通点は何でしょうか。
「ヒト」と「ミジンコ」、「ヒト」と「サクラ」の共通点は何でしょうか。

正解の一例をあげると順に「哺乳動物」「脊椎動物」「動物」「生き物」となります。このように複数の物事の間に何かしらの共通性を考えることは、すなわちグループ分けをしてそこにラベル貼りをする作業です。
その作業をするとき、我々は必然的に、そこに並んでいる物事の外観や性質から特徴的な要素を引き抜き、どんなくくりで分類できそうかを考えます。これがまさに抽象的に考えることにほかなりません。
より多くの物事、より関係性の弱い物事をくくろうとするほど、そこにつけられるラベルはより多くのあいまいさを含むようになります。

「哺乳動物」と「生き物」を比べてみてもわかるとおり、後者のほうが概念の範囲が広く、その分だけあいまいさが増します。「抽象的=あいまい」というのはこのことです。

人間は抽象的に考えなければ、問題の本質をつかむことができません。
例えば消費者Aがこんなことを言っている。消費者Bがこんなクレームを出している。消費者Cはこんな感想を書いている・・・。
これら個別具体的な意見に共通する何かを見つけ出さなければ根本的な解決や創造ができないからです。

充電池は使い切って充電したほうが長持ちする?

携帯電話などのバッテリーの充電、あなたはどうしているでしょうか。
完全にバッテリーがなくなり、電源が切れてから慌てて充電する人、バッテリーマークが1つでも減ったら充電する人など、様々だと思います。

充電の仕方について「バッテリーを使い切ってから充電したほうがいい」とは昔からよく言われますが、現在の電池の性能から見ると意味のないことだといえるでしょう。

充電池には、鉛蓄電池、リチウムイオン二次電池、ニカド電池、ニッケル水素蓄電池、ポリマーリチウム二次電池など複数種類があり、主に、デジタルカメラやCDプレイヤーなどにはニカド電池、携帯電話やノートパソコンにはリチウム電池が使われています。

「使い切ってから充電した方いい」と言われるようになった原因は、ニカド電池のメモリー効果にあります。

メモリー効果とは、バッテリーがまだ残っている時点で充電を繰り返すと、放電電圧が一時的に下がり、実際の容量より少ない時間しか使用できなくなる現象です。
これはニカド電池やニッケル水素電池に起こるもので、リチウムイオン電池には起こりません。
「使い切ってから充電した方がいい」というのは、メモリー効果がどの電池にも起こると勘違いされて広まったものです。
現在の技術では、ニカド電池でもメモリー効果はほとんど起こらなくなったので、途中で充電しても問題はありません。また、携帯電話やノートパソコンに使われているリチウムイオン電池は、そもそもメモリー効果が生じないので、途中で充電しても大丈夫です。

[asin:B0099JONLK:detail]